セックスワーカーに聞いた、子供の頃の虐待や性的虐待のお話。(相談先も載せておきます。)

2020年10月8日

はじめに

こんにちはメルです。久しぶりにブログを書くことにしました。

最近ニュース等を見ていると芸能人の自死や、バッシングの末に若い方が命を絶ってしまったというのも見かけることがありまして、とても辛い気持ちでいました。

まだまだ世の中には差別や偏見も存在していますが、世の中捨てたもんじゃないなっていう経験の数々に生かされている命です。どうか多くの皆さまが命続く限り生きられますように…。真剣に望んでいます。

今回は私が20代の頃に取材させて頂いたお話を共有させていただきます。

私は大学を卒業後に、不動産会社へ就職しましたが、元々は発達心理学専攻で、カウンセラーになるのが夢でした。しかし就職氷河期と言われる時代な上に大卒ではカウンセラーの就職先も無いため諦めていたのですが、ネットカウンセリングをはじめ、ボランティアでのカウンセリングを経て、以前の仕事先からは社内カウンセラーとして勤務することが出来ました。

数えたことがなかったのですが、現在まで約1万人以上の方々から相談を受けてきました。

インターネット上での相談で良い点は顔が見えないため、クライアントの方も安心して細かく相談することが出来るようです。相談を受けた中で、何度も来てくださる方はそのうちの数%で、毎回初心に返った気持ちで、カウンセリングさせてもらっています。

「期待しない」「見返りも求めない」「ただ存在する」私はこの3つを何時も心の軸にしていますので、カウンセリング中は穏やかな心で対応出来ていると思います。

またカウンセリング中は、何かアドバイスする訳でもなく、傾聴することが大きなお仕事になりますので、誰かに自分の人生の行き先を決めて欲しいという方には不向きですし、相性も有ると思います。

それでもとてもやり甲斐のある仕事だなと思うのは、人に必要とされ感謝されることの2つです。本当に嬉しいですし、そのような機会ばかりではなく殆どは自分の力不足だなとか、毎回上手く出来なかったことに反省もしています。

綺麗事のようですが、人って究極は誰かの為に頑張れる生き物なんだと思います。

話は戻します。

今回お話するのは性風俗産業に従事する10代女性のお話です。御2方から話を聞くことができまして、子供の頃の虐待の話や、妊娠や堕胎の話も出てきます。

完全な実話であり非常にセンシティブな内容になりますので、感受性が高い方には刺激が強すぎるものかも知れませんので、この記事を読むのは回避して頂けたら幸いです。

今回書こうと思った理由は…、壮絶な経験を語ってくださった声を消したくないなと思ったからです。

これを見て何か感じ取って下さると嬉しいです。

また下記に記しました相談先等は全国的にも増えていると思います。随時寄付も募っていますので、団体の取り組みや方針に納得した上で支援してもいいかなと思う方がいらっしゃれば、ご支援下さると幸いです。

風俗産業に従事する10代女性が語った子供の頃の性的虐待や虐待のお話

私は大学生の頃、カトリック系の大学へ通っていました。他大学との交流もあり、プロテスタント教会が主催しているボランティア活動へ参加する機会がありました。

主な内容は、路上生活者に対する「夜回りボランティア」でした。1週間に1回夜間ゆで卵と温かいお味噌汁をホームレスの方々へ差し入れすると同時に、ホームレスの数を把握する活動もしていました。これは厚労省の統計調査活動への協力でした。

その話はまた別に記事を載せたいと思っています。ある時配偶者からの暴力で、大阪から仙台まで逃げてきた女性を保護したことも有りました。寒い冬の時期に自転車に乗って逃げてきたと話していますが、大阪ー東京を車で移動したとしても7〜8時間は掛かる距離ですが、夫に連れ戻されるのが怖くて、出来るだけ遠くへ逃げたと話していました。

このような機会を経て、夜の街で働く10代の女性2人から、子供の頃の虐待や性的暴行についての取材もさせて頂く事がありました。但しカウンセリングで聞いた話は全て秘守義務で守られた内容ですのでそのことに付いては一切多言はしませんので安心下されば幸いです。

19歳の少女Aさんと19歳の少女Bさんのお話

約10年程前のお話です。当時19歳のAさんと、同じく19歳のBさんからお話を伺いました。当時は主に性風俗店で働く女性を中心にカウンセリングを無料で行うボランティアをしていました。その中で時々聞く子ども時代の悲しいお話は、なんとか社会の人々にも知ってほしいという想いから、記事にしても良いよという方からヒアリングした話でした。

とても衝撃的な話ですが、2人とも、中学生の頃には売春をはじめていたと話していました。

今回はAさんのお話を中心に進めていきます。

尚売春は犯罪ですし中学生の年頃ですと児童福祉法違反で相手側の主に男性は逮捕されますし、もし見つかった場合は児童相談所等に連絡が行き児童養護施設に保護されると思います。

ただし犯罪として発見されるのは氷山の一角です。

Aさんの虐待の話(前編)《小学校1年生から始まった性的虐待と母とともに同じ風俗店で働く今》

これは10年前のお話です。少々長くなりますがお付き合い頂けると幸いです。

Aさんは長女で母親と義理の父親、Aさんの下に3人の弟と妹が居るので、6人家族で暮していました。Aさんだけが前夫との間に生まれた子供で、下の3人は、義父と母親の子供でした。

Aさんは、小学1年生の頃から、義父に性的虐待を受けていたと話していました。父親はずっと無職で家に居たので学校から帰ると、義父に性的虐待を受けていたと言います。不快で痛かったし幼すぎて、その行為が一体なんなのかが分からなかったそうです。ただ本能的に、良くないことというのは感じていたのですが、母親が知ったら傷ついてしまうと思ったようで、ずっと我慢していたと言います。

小学校高学年になると、学校で生理についてや身体の事を学ぶ機会もありまして、父親との行為が性交渉で有ることを知り、あまりにもショックで父親を包丁で刺そうとしました。

義父は直ぐさま警察に通報しました。Aさんは児童相談所に保護され、その後保護施設から学校に通うようになったそうです。

Aさんは優しすぎる女性でした。とても酷い目に遭っているにも関わらず、下の弟や妹の事は溺愛していました。自分が我慢すれば、義父は犯罪者にはならないし、弟達の父親を犯罪者にはさせたくなかったと言います。

我慢強い子どもだったんだと思います。Aさんは父親から性的虐待を受けている事を相談所の人に話せなかったと言います。小学1年生から性的虐待を受けていたこともずっと自分の心に留めていたようですが、思春期になった頃には、感情が爆発したと言います。

自分を守るために、包丁を取り出し後のことはあまり覚えていないと話していました。

義父は、児童相談所には、Aさんのことを問題児だと言い、本当の父親じゃないので嫌われていたと伝え、うちにいると何をしてくるか分からないので預かって欲しいと話したそうです。そして全ての責任をAさん1人になすりつけたと言います。

中学生になったAさんは再び、施設を出て家に戻ることになりました。子どもはどんな親でも親が大好きです。虐待を受けていても帰りたいと言うのが子どもですし、愛情が足りない分、愛されたいと愛を求めに行きます。

虐待を受けていても子は親を愛している

大学生の頃、児童相談所で働く先生からも講義を受けていましたが、親と子どもを引き離すことの大変さを強く語って居たのが印象的でした。大人も子どもを守りたいので、暴力を振るう親から子どもは引き離したいのですが、子どもも親の元に帰りたいと言いますし、暴力を振るう親の殆どが子どもを取り戻したいと思っているので、非常に難しいという話は良く聞きました。私の曾祖母は、2人の女の子を産んでいますが、その他に男の子と女の子の2人を養子で迎い入れています。近所の恵まれない子どもを一時的に預かり養育もしていたそうです。

貧しい家の女の子は、身体に傷があったと言います。其のため曾祖母は心配になり、引き取り養子に迎い入れる事にしましたが、母親が、「やっぱり娘を返して欲しい」と家に何度も押しかけてきて、「ちゃんと育てられるから」という言葉で押し切られ…断腸の想いで、その女の子を母親に渡しました。ところがその後すぐに悲しい知らせが届いたと聞きました。女の子は満足な食事を与えてもらうことが出来ず、母親からの暴力も受け亡くなってしまいました。

曾祖母はあまりにもショックで自分を責めましたし、そのせいで、精神的に不安定に成ってしまったことや、神経痛等の病気になりました。残酷なのは養子で迎い入れた男の子も20歳になる前に結核を患い亡くなってしまいました。

救えない命を目の前にすると、人はとても辛いものを感じると思います。

この世で1番のストレスは「離別」です。夫や妻、恋人等の死と言われています。

現在はコロナ禍で100万人以上の人々が亡くなっています。きっとご家族やご友人も居たことと思います。

そうすると更に数倍〜数十倍の嘆きや悲しみが聞こえてきそうです。

また、コロナ禍によって「コロナうつが医師の間でまん延中か」というニュースも最近見かけました。

中国で働いている約半分の医師が抑うつ傾向があるという結果でした。

うつ病がどのようなメカニズムでなるのかが分かっている専門家であっても、感情は伝染しますし、責務や日々の激務に追われ避けられないのだと思います。感情が伝染しないようにするには訓練が必要ですし、1番は身体を休めることが大切ですが、忙しすぎて眠れないとか24時間のスケジュールで勤務しなければいけない状況ですと、自律神経は乱れやすくなりやすいですし、本当に大変な仕事だと感じています。

私は自分自信が健康であることを第一にした働き方へシフトしてきたので、とても楽に働かせて貰っていると思います。其の上でも失敗はしょっちゅうです。「なるべく気にせずに居られたら良いですね」とか「○○さんは○○さんのペースで大丈夫ですよ」なんて人には言ってますが失敗した日には落ち込むし些細な言葉で傷ついたりもします。

人間そんなものなので自分のことは分かっていないし、完璧ではないのだから優しく包み込むことも大事だなぁと感じています。

様々な要因が人の発達過程を作り出すこと

Aさんだけではなく、全体的に言えることですが、虐待されていた子どもだけではなく、複雑な家庭環境などで育つ等、適切な家庭環境で育っていないと、それが根源となり社会生活が困難になりやすかったりもします。

一見何もなく平和に見える家庭であっても、常に親から重圧を掛けられているとか、親からの言葉の暴力を受けているとか、様々なマイナスな感情に晒されて辛い思いをしている子供も沢山居ます。

それらの経験を経て何かに依存しやすい傾向が現れたり、将来に渡る不安感やトラウマや恐れや、人との出会いにより自己が確立されないまま流されてしまうこともありますし、様々な要因が人々を苦しめていると思います。

特に虐待を受けて育った子供の多くが自分を責めてしまいます。他者に責められ、親に責められ、自分でも自分自身を責めてしまう…そんな悪循環もありますので、社会は出来るだけ温かく、受け止める事が出来たら嬉しいなと思います。

自分が出来ていても、他者も同じように出来るとは限らないので、社会の優しさが必要に感じています。

Aさんの虐待の話(後編)

Aさんの虐待の話は悲しいですがまだ続きます。

中学生になっても義父はAさんに性的虐待をしていました。その頃になると、今自分自身がされていることがどんな事なのか分かる年齢なので、Aさんはとても辛く、兎に角家から離れようとしたそうです。家に帰ると父親にまた性的虐待を受けるので、家出を繰り返していたと言います。

もう中学時代の頃から売春に手を染め中学3年生の夏には妊娠しました。彼女は1人でもこの子を生むと決めて大きなお腹で学校に通っていたと言います。しかし、とても体の線も細く、妊娠には耐えられなかったそうで出産前に流産をし、中学卒業後は風俗店で年齢を偽り働き始めたと話していました。

家に居て、父親に性的暴行を受けるよりも、それによって、お金を得られ、自由も得られた上に、父親から受けていたような侮辱や暴言と共に、身体に痛みが伴うような性的虐待も無いので風俗店で働くほうが楽だったと話していました。

子供の頃から常に苦痛に耐えてきたAさんは、自分というものを獲得する時間もなく激動の人生が始まってしまった気がしました。子供は親も選べないし、生活する環境も選べません。そして本能的に母親を愛し、妹や弟と言った家族を愛します。その感情には逆らえないものなんだなと感じました。

お店で働くようになってからは、度々客にコンドーム無しでの本番行為を迫られるようになり、自分を守るということも出来ずに暮してきた状態の彼女にとって、「断る」ことが難しかったと言います。19歳になるまでの間に3度の堕胎を経験したと話していました。

1度目は流産ですが、2回目、3回目、4回目は堕胎ですので次妊娠しても子どもが産めなくなってしまうかもしれないと、彼女の精神的なバランスも崩れはじめました。男性達はAさんを都合良く利用したと言います。彼女は結婚したいと思うような男の人も居ましたが、彼は風俗店の店長をしていた人でした。

店長には本命の彼女が他に居たにも関わらず、Aさんをお店に繋ぎ止める為にお付き合いをしているように見せていたようです。私の為に頑張ってほしいとAさんに出勤時間を増やさせ、時にはAさんは店長に高級腕時計を誕生日プレゼントとして渡したりもしたと言います。

彼女は与えられるだけの愛情を注ぎましたが、欲しいものは一切手に入れることができませんでした。何をしても自分だけを見てもらえないし、必死で働くあまり何度も妊娠し堕胎をする悪循環を生み出し、最終的には体調も崩し自殺未遂も繰り返していた為病院へ搬送されました。

そんな彼女ですが、とても純粋な心で、「ただ、幸せな結婚を望み、幸せな家庭を望み、子どもが欲しい」と話していました。ただ幸せに暮したかったんだと思います。

このように、心と身体に受けた傷はとてもとても大きく深すぎます。

生きていく先が分からない、だけど声を掛けられるがままに、安易に踏み入れてしまう夜の誘惑の世界…。

彼女がもし子どもの頃から家族に愛され、自分の好きなことが出来て、何不自由ない子ども時代を過ごしていたら、きっとこんなに大きな困難に巡り合わなかったのではないかとも感じています。

あまりにも衝撃的な内容ですが、更には彼女は当時母親と2人で同じ風俗店で働いていました。母親に風俗店で働いていることを伝えていました。すると母親も「私も働きたい」と言ったそうです。

私は幾度となく言葉を失いました。

虐待していた父親は末期癌患者となりAさんが一家の大黒柱として風俗店で働く日々

Aさんからお話を伺った時はAさんは19歳でした。性的虐待をしていた義父は、癌を患っていたそうです。癌の手術や入院でお金が無いと話していました。弟妹達の学費や遠足代など全て彼女1人が風俗店で働き養っていたそうです。父親はその当時は癌ですが元々無職です。母親は時々アルバイトをしていたそうですが、ずっと生活保護を受けてきていたので、殆ど働いたことはなかったそうです。中学卒業後のAさんがこの家庭の大黒柱になりました。その上父親の病気は家計を圧迫させました。母親に風俗店で働いている事を打ち明けると、一緒に風俗店で働き始めたと言います。  

「生活保護を受けていたのにどうしてお金がなかったの?」と聞くとそのお金は、義父がギャンブルやお酒で使ってしまうのでいつも貧しかったといいます。とんでもない人間と結婚していたAさんの母親ですが、Aさんの母は義父やAさんにも依存していたんだと思います。その上でAさんも家庭に依存し、弟や妹の面倒を見ながら、私が居なければこの家庭はダメになると、離れることが出来ませんでした。 

依存というのはしばしば悪い意味で使われることが多いですが、消して悪いことではなく、共に支え合い生きていく関係を肯定的に作り出すことができれば、とても大きなエネルギーになりますし心の安定にもつながると思います。

ただ、アンバランスの中で出来上がった依存関係はドロドロと世の中の汚れたものを巻き込んでどんどんとその渦が真っ黒く濁ったなにか巨大で、消すことができないマグマのようなものを作り出すようにも感じます。

とても良くない状況ですが、ただ見守る他ありませんでした。自殺未遂を繰り返していましたので、病院に搬送後保護され、入院しました。そして父親も同じく癌の為入院しました。

その後の事は行政の方々へ引き継ぎして、約7年間の間彼女の事を見守りました。

Aさんには今現在もただ幸せに生きていて欲しいと願わずには居られません。

レイプや性的虐待のトラウマは本当に酷いです。10年以上トラウマを抱えている人が居ますし、苦しむ人も多いです。

ですからもしあなたの周りの女性で(男性もですが)心に病を抱えていたり、依存的傾向を感じたとしても、何かしらそうなった理由は有りますから、どうかそっとしておいてあげて下さい。

して、批判はしないであげて下さい。沢山否定されて傷つけられてきた人間をこれ以上痛めつけないで貰えたら嬉しいです。どうか回復しようとしている人間をまた打ちのめすような事はしないで下さい

人は幸せな中に居たら、人をいじめません。主に欧米ではいじめがあった場合はいじめた側に問題があるとしてカウンセリング等が入ります。いじめる側もそれだけ心に余裕がない場合が多く、家庭環境の問題等が浮かび上がる事が往々にして有ります。

誰しもかも知れませんが、波乱万丈は有ると思います。いつか消えゆく命を持ちながら歩いているというのはとても尊い命と共に生きているということです。

この世から少しでも悲しいことは減って欲しいなと感じています。

ここからはBさんのお話です。家庭では満足に食事することが出来なかった過去

今回はAさんのお話がとても長くなりましたが、最後に次にBさんのお話も簡潔になりますが書きたいと思います。

Bさんも19歳の女性でした。同じく母親が別な男性と結婚し、母親と義父の間には子供が出来たそうです。その子供のことは義父は可愛がっていたそうですが、Bさんのことは全く可愛がって居ませんでした。

私が彼女と話してみて感じたことは、とても可愛らしい女性だなという印象でした。Aさんもそうですが、一見抱えている問題が全く見えないことが問題なんだと思います。2人とも人当たり良く、優しいので身体的な虐待の跡など無い限りは、虐待を受けていた子ども達というのは分からないと思います。

父親はBさんにはとても冷たかったと言います。冷蔵庫の中のものを食べると怒られると話していて、子供の頃は家で食事をする事ができなかったと話していました。そのせいか分かりませんが大人になってからも人前でご飯を食べることが恥ずかしく罪悪感を感じてしまうと言っていました。

お腹が空いて仕方がないので、親が寝静まった時間に冷蔵庫を開けて見つからないように、食事をしていたそうですが、すぐに父親は飛んできて、身体的虐待を受けていたと言います。

たばこの火を身体に押し付けられるとか、外からは目立たない所を殴られるとか其のような事が日常茶飯事だったので、中学生の頃から家出を繰り返していたと言います。

中学生になると冷蔵庫の中の食べ物を食べるためにはお金を払えと、義父に言われるようになりBさんは家での生活の為に中学生の頃から売春を始めたと話していました。

幾度となく家を追い出され、住む場所が無いので空き家で生活していたと言います。 彼女が住んでいた地域は子どもの数が多くマンモス校と言われる中学校だった為に、学校を欠席する生徒も多かったせいか分かりませんが、虐待は気付かれなかったようでした。

母親も義父から暴力を受けていたと言いますが、Bさんを守ろうとはせずに、義父から愛されたいがあまり、育児放棄をしていた可能性があります。

その上義父は母親との間の子供には優しく普通に接していたようなのでBさんだけが家に居ても居ないような扱いを受け、親からの愛情を欠如したまま育ちました。

彼女もまた、中学生になると家出を繰り返し、其のくらいの年齢から売春や風俗店での勤務も始めました。

彼女も心に深い傷を負っているので、腕には沢山のリストカットの跡がありました。また身体にも消えない虐待の傷があったようです。

不思議な事に2人とも、こんなに壮絶な生育環境で育ったにも関わらず、終始明るく、話を淡々と続けてくれました。見た目は今どきの可愛らしい女の子ですから、こんなに壮絶な過去があったのかと誰しもが分かりません。

ちょっと内容は違うんですが、高知さんが17歳の時に高知さんの母親は自死をされたそうです。そして残された高知さんは自分を責め、母親は自分を愛していなかったのではないかと思い悩んだそうです。

高知さんの家庭もとても複雑だったと言います。

このツイートを読んで強く感じたことは、世の中には「理解できないことが沢山ある」ということでした。1人1人人生は違い、みんな性格も生きてきた環境も違います。

人当たりも良く、明るくて周りへの気配りもでき、とても優しい雰囲気が出ていたAさんとBさん。見た目は今どきの若くてかわいい女性ですし、なかなか苦悩は分かりにくいと思います。

子供の頃沢山の苦労をした分、どうか幸せに暮らしてほしいとお二人の将来をただただ祈っています。

ニュース記事及び、相談先の情報

また今回この話を書くにあたって、下記の記事をいくつか見つけました。参考にして頂けたら幸いです。

そして、少しでも世の中から偏見が消えますように…。

誰も語らない、子どもの「性的虐待」の現実

「ボロボロにされた女性」が集う施設

現行ですと、婦人保護施設は、根拠法が売春防止法になります。

売春をしていない女性であっても、独身女性の貧困や、性的な被害者になること、DVの被害者などはこの施設で保護されることになるそうです。

記事によりますと、居食住は無料で、仕事は1日5時間1週間の間に5日間の勤務になるそうです。それで1ヶ月働いて得られるお給料は1.5万円だそうです。仕事内容は機織り機を使った作業でした。この施設から、外の会社へ通う女性も居るそうです。それは多分お給料が外で働いたほうが高くなるからではないのかな?とも思いますが、その場合は衣食住無料になるのかどうかは、ちょっと分かりません。

下記にも記事がありますので、参考にして頂けたら幸いです。

人身取引の被害女性はどこへ行くのか?

また主な相談先を下記に載せておきます。

●若草プロジェクト→https://wakakusa.jp.netHP

●NPO法人人身取引サポートセンターライトハウス→人身取引被害者サポートセンターHP

LINEを使っての相談も出来るそうです。

●NPO法人BONDプロジェクト→NPO法人BONDプロジェクト

上記のサイトは10代20代の生きづらさを抱える女の子のための女性による支援でこちらもLINEでの相談が出来ます。

何も無いことが1番ですが、自分だけではなく身の回りでもこのような相談先が有ることが共有されていると安心です。少しでも若い世代の方々が平和に暮らせる日々を願っています。

最後に

本当に最後まで読んでくださり有難うございました。

私はこの記事を書くのに約1週間近く掛かったように感じています。思い出して書き綴って居ましたが、衝撃的な連続で心が辛くなりました。これは日本で起きたお話だし、私が生まれて大人になってから聞いた話です。話をしてくれた女性も年齢は近い、年下の女性にはなりますが、この生育環境であれば精神的に不安定になって当たり前です。

寧ろよくそんな過酷な状況だったのに、優しい人間へと成長できたし、本当に凄いことだと思います。

10人10色。1人1人色んなもの、色んな事があって今があり、ある人は輝いている様に見えて、日々プレッシャーと闘っているかもしれないし、ある人は人知れず病と闘っているかもしれない…。

この世が優しい世界になりますように…。

偏見も減りますように。

皆さまの幸せを心からお祈りして、ご健康で過ごせますようにと願っております。